スノビズムを理解できる小説
フランスの小説で「失われた時を求めて」ってありますよね?
私は小説を読むのが苦手なのですが、あれはとても有名な作品なので、一度くらい目を通しておこうとシリーズ一作目の「スワン家のほうへ」を読んだことがあります。集英社文庫の抄訳版ですけどね。
J’ai trouvé un lien entre la vision du monde du “À la recherche du temps perdu” et le sens esthétique de Dita von Teese.
I found a connection between the world view of “Remembrance of Things Past” and the aesthetic sense of Dita von Teese.
読んだ印象としては、とにかくひとつひとつの描写がくどいほど、しつこいとすら思うほど細かいということです。
情景描写や物に対する感覚描写がとりわけこと細やかに記されているなと思いました。
それだけにこの本、その文章の細かすぎるところや長すぎるのが嫌になって挫折してしまう人が多いようです。
普通の小説なら蛇足になるような部分が誇張されて装飾的に書かれていますしね。
しかしきちんと読み進めていけばいくほど、フランスの自然や花や紅茶や菓子等のいい香りの詰まった1ページ1ページの集大成としての美しい壁紙が出来上がるような統一感をもった文章芸術の世界を味わえる作品です。
中でも私が最も印象に残ったのは、主人公のおばあさんが物にこだわる人で、たとえば人にプレゼントにする椅子を選ぶ時でも、そこら辺に売っている量産品をただ贈るのではなくて、基本的に古い物を好み○○年代の物で由緒があってetc.とその都度こだわりを持って選んでいるというところです。たとえその椅子が座ったら即壊れるほど年季が入っている物であっても、です。

その他にとある夫人の居間にある椅子の描写もあったのですが、夫人が椅子に小さく描かれている葡萄をさも実際の葡萄を目の前にしたかのように美味しそうだとかこれを食べればお医者さんにお腹がすっきりしたと言われるでしょうとかあれこれ言う場面もあります。
現実と二次元の世界を混同しているような、でもなんだか懐かしい捉え方ですよね?
誰しも幼少期に絵などを見てそのような空想をすることは多かったと思いますが、その子供のような感覚を通した捉え方を大人になってもそのまま描いているところに、この作品の持つ個性的な表現力を感じると同時に家具ひとつとっても上流階級特有のこだわりがあるという当時の文化背景が垣間見られました。

この作品、風景描写がものすごく多いのですが、室内や絵画と比喩して書いていることが多いので、屋外のことを書いているのか家の中のことを書いているのか区別につきにくいところが特徴で、物に対してもただ「気に入っている」だけでなく、実際の感覚描写を通してその気持ちを表現しているところにかなり独特なものを感じます。
見出された時
「失われた時を求めて」は文庫本でも全部で13~14巻くらいになるようなので、レ・ミゼラブルでも全5巻程度なのに、それを読破するのは大変です。
ましてや映画化なんて…と思いますよね。
これまでに三回ほど映画化されているようですが、映画化するのが非常に難しく、ほぼ不可能といわれているようで、これといった代表的な映画作品はないようですが、そのうちの一本『見出だされた時』(Le temps retrouve) が渋谷TSUTAYAでVHSでのみレンタル可能です。
配信はしてないしDVDは購入以外はないみたいですね。
映画自体も2時間半以上とかなり長い部類ですが、19世紀~20世紀にかけてのパリのブルジョワジー、スノビズム(俗物的態度)の描写がわかりやすく、とにかくセットや衣装も流麗なので私的にはまったく飽きずに最後まで観続けられる映画でした。
それに何よりも、キャストが豪華だしみんなはまり役だと思いました。
主人公の初恋の相手ジルベルトにエマニュエル・ベアール、オデットにカトリーヌ・ドヌーブなどフランス映画好きなら知らない人はいない超ベタな有名女優がポンポンとキャスティングされているのにも関わらず違和感はまったくありません。
小説「失われた時を求めて」は、本当に長編だし未だに解釈されきっていない部分も多いのだと思いますが、それだけにあれこれ解釈できる余地に尽きないので飽きられないのだなとこの映画を見て思いました。
究極の美の体現者ディタ・フォン・ティースとプルースト
ところで唐突ですがディタ・フォン・ティースって知っていますか?
マリリン・マンソンと結婚していたことで有名なアメリカのバーレスクダンサーなんですが、バーレスクダンスってちょっとした寸劇のようなダンスのことなんですね。
クリスティーナ・アギレラ主演のバーレスクという映画もありました。
私がディタを最初にメディアで見たのは20年以上前でしょうか。
海外セレブのゴシップやスナップ記事などでたまに見かける、なんかよくわかんないけどマリリン・マンソンと一緒にいる白塗りのおばさん⁈というイメージしかなかんたんですが。
普通、欧米のセレブって程度に差こそあれ日焼けして肌を焼いている状態を好むじゃないですか?
ヨーロッパでは日焼け、小麦肌は金持ちの証、ステイタスだそうですから。
それに欧米人ってファンデーションの厚塗りはあまりしないイメージがあります。
それなのに彼女はいつ見ても不自然なほどの真っ白なベースメイクで、私はそこに他のセレブとは違った不思議な印象を感じていました。
しかしその平安時代の姫のように白粉を塗ったような顔に艶のある黒髪という組み合わせがなんとなく「日本人受けしそうなタイプ」だなとも思っていました。
白雪姫のように徹底的に美白した厚塗りのベースメイクに黒髪、身長は167cm位と高すぎるわけでもなく、モデルのように9頭身だったり細すぎるわけでもない。
ウエストのくびれは圧倒的ですけど。非現実的なくらいに。
そんな異彩を放つディタ様がある時、VOGUEの動画で自宅を紹介していたのです。
イギリス在住という彼女は、そんなに大邸宅ではない一軒家に住んでいるようです。
ちょっと地方にある由緒のある一軒家で、パッと見広さも普通なのですがすごく高級な物件のようです。
何気なく見ていたのですが、本人の外見のセンスをそのまま反映させたようなインテリアで、置いてある物ひとつひとつにこだわりがあることをディタが流暢に説明していきます。
そのこだわりの完璧さにも、ディタの滑らかな語り口にも、すべてにすいすい引き込まれてしまいました。
彼女の見た目、服装などはとくに私の好みではないのですが、そこを抜きにしてあくまでそのこだわりの部分だけを見ると、ものすごい美意識と知性を持っていることがわかりました。
実際VOGUE JAPANのコメント欄では、白鳥の剥製や毛皮なんて悪趣味の極みだという意見が書かれていたりしました。
しかし、私が見抜いたのはそのような表面的なセンスのことではありません。
最も私の目を惹いたのは、この動画の4:06くらいのディタがダイニングの椅子をパリで手に入れた布地に時間をかけて張り替えたというシーンです。
そこで『失われた時を求めて』のおばあさんの椅子のくだりがフッと頭をよぎったのです。
私はこの動画を見て「圧巻」という言葉しか浮かびませんでした。
身の回りにある物すべてに完璧な思い入れとこだわりがあり、それを嫌みもなく立て板に水の如くサラリと説明できるなんて並大抵のことではありません。
外見だけでなく全生活においてプルーストの小説のような唯一無二の美意識のある人なのだなぁと思いました。
彼女のショーの映像や体型を見ても、美的体力があるとでもいいましょうか、諸々の面からみて完璧に美しい人ですね。
VOGUEでは以前からセレブの自宅紹介をやっていましたが、当然皆さんもの凄い大豪邸に住まわれているんですがぶっちゃけ単にだだっ広いだけで、そこに量産品の高級家財道具が無造作に置いてあるだけに見えます。
ディタの自宅を見てから他のセレブの家を見ると迫りくるものが本当に何もない印象です。
ディタより全然稼いでいる人でもそうですからね。
ディタ様本人も、「白い壁にモダンな家具を好む男性と付き合うことは最悪」と言っています。
そして、年代物のアイテムを好むことは、彼女の両親から理解されず、母親は彼女が気に入っていたビクトリア様式のダマスク織の壁紙を破り捨てたりしたといいます。
しかしそこから彼女はますますヴィンテージ物に対する情熱を爆発させていったようです。
親の影響を受け継いだ、ではなく親に対する反抗心、反骨精神が原点だなんてカッコいいですね。
ますますファンになりそうです。
日本人好みな感じにも見えますが、このような美意識を持っているところがフランス人にはもっと受けていそうなセレブだと思います。
そんなわけでこの動画を見て以来、そんなに好きだと思わなかったディタのステージやファッションにも注目してしまうようになりました。
とにかく寸分の狂いもない美的センスなので、真似しようがないのですがついついチェックしてしまいます。
このような全てにおいて徹底して夢を見させてくれるアーティストがもっと出てきたらいいなと思います。






