【クライマックス】実話の事件?音楽は?ネタバレ考察 プシュケって?

 

 

鬼才といわれるギャスパー・ノエ(Gaspar Noé) 監督による新作 クライマックス (climax)を公開日に観てきました。

J’ai un nouvel impact chaque fois que je regarde des films de Gaspar Noé.

I have a new impact every time I watch Gaspar Noé’s movies.



 

山奥に集められたダンサーたち

ノエ監督の作品を映画館で観るのは今作品が初めてですが、『カノン』(Seul contre tous)、『カルネ』(Carne)、『アレックス』(Irréversible)、『エンター・ザ・ボイド』(Enter the Void)などを観て、その映像と演出、ストーリー構成、ギミックの鮮烈さにまさしく度肝を抜かれ虜になっていた私はやはり期待通りのエモーションを抱きました。

まず、血液のようなドロッとした黒混じりの赤を基調とした画面にこれまた藻のように黒ずんだグリーン、心臓の鼓動のようなドクッドクッとした音が常に聞こえ、観ているだけでとてつもなく残酷な何かが起きるような予感がします。

これ、アレックス以来の定番ですね。

舞台となるダンスフロアーにしても撮影現場は非常にシンプルな場所だと思うのですが、にもかかわらず気が狂ったような閉塞感や不安を感じさせ、何ともいえない感覚を呼び覚ますのはやはり監督の映像センスの才能によるものとしか思えません。

エンドクレジットから始まるという恒例(?)のオープニングに、変則的なクレジット、そしてタイトルの表示が為されていきました。

今回の作品も、アレックスのように時系列逆再生で行くのか?と思うくらい時間の流れというものがキーになっています。

雪が深い山奥の閉鎖された廃墟の中を薬中のまま彷徨い続けるという世にも恐ろしいストーリーです。

1996年の冬に起きた事件、と出たので実話かと思ったんですがその情報はないようです。

舞台を90年代にしたのは何か意味があるんでしょうか。

 

サティで始まりストーンズで終わる

オープニングの雪の中で昏倒しているシーンで流れるのは、なんと エリック・サティ(Érik Satie) ジムノペディNo.1(Gymnopédies) ゲイリー・ニューマン(Gary Numan) によるアレンジです。

 

 

な、なんでサティ?落ち着いた曲なのに。って思いますけどね、でもこのジムノペディNo.1のサティによる演奏指示が「ゆっくりと苦しみをもって」 (Lent et douloureux)なのだそうです。

…そういうことでしたか。苦しみのある曲だと思ったことは全くないですけど。

それ以降、劇中で流れ続けるのはエレクトリックなダンス音楽で、フランスのハウス/ディスコ/エレクトロ・デュオである ダフト・パンク(Daft Punk) トーマ・バンガルテル(Thomas Bangalter) も楽曲を提供しています。

 

 

 

 

 

全員が正気の時の冒頭ダンスシーンの曲はフランスのディスコドラマーで作曲家である セルローヌ(Cerron) Supernatureです。

ダンス系ではけっこう有名な曲みたいですね。

 

 

カッコよすぎるダンスシーン

映画のストーリーは恐ろしいのですが映画を通して流れる爆音のダンス音楽がなかなかかっこ良く、地獄へ堕ちてゆく展開を引き立てていました。

が、それ以上になんといっても目玉なのが、俳優経験のないプロのダンサー達によるとんでもなく個性的で完全無欠なダンスそのものでしょう。

カメラアングルにも特徴があるので、高速回転しているのでは?と思うような動きに目が釘付けになってしまいます。

身体の柔らかさや筋肉の付き方、表現力も非の打ち所がなく、あんなの見たら日本人のダンスなんてもう観れませんね。

 

世にも恐ろしい幻覚症状

ダンサーばかりの出演者の中で唯一の女優、ソフィア・ブテラ(Sofia Boutella) 演じるセルヴァが幻覚症状に狂ってのたうち回るシーンがいちばん怖かったです。

(ちなみにドラッグ中毒でなくても病気のステロイドなどの大量投薬によっても副作用であのような悪夢の精神状態に陥ることもあるんですよ。レベルは違うと思いますが。)

誰かが多量のLSDをサングリアに入れたようですが、それでも人によって症状の表れ方に差がありましたね。

ソフィア・ブテラの陥った症状が最もキツい印象でした。

けど彼女がグロッキーになってなだれ込むソファーの背景の壁紙が森林にいるように見えて、狭い住居兼廃墟だけどそのインテリアのセンスにも惹かれました。

普段からヤク女と呼ばれているルーだけが妊娠中を理由にサングリアを飲まなかったために犯人扱いされ自傷に走ってしまうのも狂気の中の狂気です。

画面が字幕共に上下反転し、カオスな地獄の描写が続いていきます。

みんな最初は希望に溢れた普通のダンサー達なんですけどね…。

 

ノエ監督は一見残酷な描写の映画を撮るのですが、実は暴行や薬物など“一寸先は闇”という警告的なテーマになっているものが多く、そういう意味で健全なモラリティーを持った監督だと思いますね。

そして狂乱沙汰のラストを締めくくるのは、これまた意外な ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones) アンジー(Angie) です。

これも ティボー・バービリオン(thibaut barbillon) によってアレンジされたインストのメロディです。

シチュエーションのわりになんだかポップな選曲だなと思いました。

 

 

ギャスパー・ノエ作品のサントラたち

ギャスパー・ノエの映画は音楽が映像演出同様に印象的で、選曲も凝っており、そこにも前から惹かれるものがありました。

1998年の『カノン』では パッフェルベルのカノン(Kanon und Gigue in D-Dur für drei Violinen und Basso Continuo) が流れますがオープニングの曲も独特です。

水戸黄門のテーマに似てるかも。

 

 

 

 

2002年の『アレックス』では ベートーベンの交響曲第7番イ長調作品92(The Symphony No. 7 in A major, Op. 92,) が切なく使われています。

クラシック音楽の使い方が上手いですね。

 

 

2009年の『エンター・ザ・ボイド』はやはりオープニングに衝撃的な特徴があり、イギリスのテクノユニット LFOの曲に合わせてクレジットがチカチカと目にどぎつく流れます。

 

 

『カノン』はオープニングとラストと全体を通した不条理さに、『アレックス』は時系列をいじくって魅せる監督のセンス及びヒロインを演じたモニカ・ベルッチ(Monica Bellucci)の役者としての力量に、『エンター・ザ・ボイド』は内容はちょっとダラダラしているのですがとにかくオープニングセンスに度肝を抜かれました。

ゴダールみたいなテロップ

「クライマックス」は97分間という映画としては短いほうなのですが、長く感じました。

赤は時間を長く感じさせる効果があるといいますがそのせいでしょうかね?

(だから会議室の色は赤にしたほうがいいとかどうとか・・・)

 

ノエ作品にはよく突然テロップが出ます。

“誇りを持って世に送り出すフランス映画”と最初に出ましたが、相変わらず皮肉っぽいですね。

“生きることは集団的不可能性”というテロップにも、こんなことするわけねーだろーと思いつつもこういう風になったら逃げ出せないんだろうなあという暗示のようなものを感じました。

やっぱりギャスパー・ノエの映画には観る度に新たな衝撃を受けてしまいます。

 

クライマックス 映画

 

 

クライマックス 映画

 

 

クライマックス 映画

 

 

クライマックス 映画

 

 

クライマックス 映画

 

 

クライマックス 映画

 

 

クライマックス 映画

 

 

クライマックス 映画

 

 

クライマックス 映画

 

 

クライマックス 映画

 


 

 

クライマックス   CLIMAX

 

2018年 フランス・ベルギー 97分

 

監督 ギャスパー・ノエ

 

キャスト

ソフィア・ブテラ(セルヴァ)、キディ・スマイル(DJダディ)、ロマン・ギレルミク、スエイラ・ヤクーブ、クロード・ガジャン・モール

 

内容(あらすじ)

1996年の冬の日、著名な振付師によって山奥の雪で覆われた建物にダンサーが集められる。建物には電話もなく携帯の電波も届かない。最終リハーサルを終えたダンサー達はパーティーを始め、サングリアを大量に飲む。しかし、何者かがサングリアにLSDを多量に混入したため、ダンサー達は狂気の狂乱状態に突入する。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です